音楽が盛り上がっていないと言われて、もう何年も経っているのだが、実は音楽そのものは一般的には根付いているようだ。5、6年ほど前のアニメ「けいおん!」のヒットにより、10代を中心にバンド・ブームが起こり、楽器を持って歩く高校生が急増したのだ。彼らの通っている学校には軽音楽部が一気に創設されて、いまやバンド活動も学校で当たり前に出来るようになった。昔ならバンドをやるのは学校をドロップアウトしたようなタイプが多く、また10年前でもここまで楽器が普及するとは考えられなかった。そして今は、それにプラスして合唱や吹奏楽もブームになり、若者にとって音楽は「幅広く楽しむもの」になっている。

しかし・・・。ここで言う「音楽が盛り上がっていない」というのは「プロとしての」「職業としての」音楽の事を指している。高校生の時に「音楽」を「クラブ活動」の一環として体験した生徒は、ほとんどが卒業と共に音楽自体を辞めてしまう。「プロとしての」「職業としての」音楽が根付いていないのだ。仕事としての音楽は不安定だからかもしれないが。かといって若者の就業率が上がって安定的な社会になっているとはとても思えないわけで、このまま行くと「音楽」は学生時代にやるもの、という領域に成り下がってしまう危惧さえ感じさせてくれるのだ。

高校のクラブ活動の顧問の先生は音楽の「プロ」では無いケースがほとんどだ。そこで音楽を知った高校生がもっと音楽をちゃんとやろうと考えて、高校を卒業したその先に「居る」のは専門学校やライブハウスのオーナーだったりするのだが・・・言い方は悪いが彼らは若いバンドに「古過ぎる難しいカバー曲の演奏」か「聴いた事のないオリジナリティ溢れたオリジナル曲」を求めがちである。彼らは「プロ」なのかもしれないが、「音楽」を導けるとは限らないわけで、若いバンドやアーティストの卵は自分たちで切磋琢磨していく。

その事自体は良い事だ。しかし今の音楽シーンは細分化してしまっていて、多くの人を感動させる「共有」の感覚を持てなくなっている。数年人のファンがいたら10000万人クラスの日本武道館でライブが出来てしまう時代だ(その先には続くという可能性は閉ざされてしまうのだが)。

プロを目指す若いアーティストの卵達は、カバーで腕を上げたり曲作りのノウハウを得たりする間もなく、本当に少数にしか伝わらない「オリジナル曲」を量産してしまうのだ。いや、量産出来ればまだ良い方で、凝り固まったオリジナルはすぐに頭打ちになって解散してしまう。

一方、親父バンドなど、社会人バンドの人口は案外多い。青春時代にコピーした曲を、もう一度バンドで音を出して演奏してみたい、歌ってみたい、しかもライブハウスで。そういう大人達が増えている。彼らには「共有した、共通の音楽」というものがある。広く大衆に根付いた音楽だ。もちろんジャンルの細分化は当時でもあったが、レコード店内の区分は「演歌」「歌謡曲」「フォーク・ロック」の3つしか無かったのだ。

そんな親父バンドの中にはキャロルをコピーしているものも少なくない。キャロルは矢沢永吉が所属していたバンドだ。彼がベースを弾きながら歌い、サイドギターのジョニー大倉とのツインボーカルになっている。そして優れたリフを編み出したリードギターの内海利勝、ドラムのユウ岡崎(時期によっては相原誠だったりするが)の4人編成で、カバーする場合は4人きちんと役割も決まっている。キャロルはアマチュア時代のビートルズのカバー曲の披露でスターとしている。ビートルズは西ドイツ(当時)のハンブルグで、米国のヒット曲を彼らなりにコピーして演奏していたのだ。ビートルズはその演奏で技術を磨き、曲作りも出来るようになり、その後活躍出来たのは有名な話だ。キャロルもそんなビートルズに夢をみてスタートした。

そういった親父バンドは、先にあげた役割はもちろん、選曲にもこだわりがある。キャロルのヒット曲やライブ・バージョン等はもちろんだが、必ずと言っていいほど選ばれるのがキャロルの曲ではないが「朝まで踊ろう」だ。今は俳優として大活躍している舘ひろし(元クールス。ちなみに当時の表記はたちひろし)の大ヒット曲で、作曲はあの長戸大幸さんだ。彼は78年に制作会社ビーイングを立ち上げ、TUBE、B’z 、ZARD、T-BOLAN、WANDS、大黒摩季、DEEN、FIELD OF VIEW、小松未歩、倉木麻衣など大スターを沢山育てあげ、デビューさせて、ずっとプロデュースしてきた男だ。元々は作曲家・編曲家出数多くのヒット作品を輩出してきている。

彼は少年時代に買い続けたシングルのコレクターとして日本随一だ。若い頃にバンドでデビューし、その後は流しをやっていた事もあるらしい。数多くのヒット作品が頭に整理されて入っている。プロ中のプロだからこそ、彼の手掛けたアーティストはみんなビッグになっている。その彼が作った曲のうちの一つである「朝まで踊ろう」は、親父バンドにも長戸の名前と共に骨の髄までしみ込んでいて、彼らのライブハウスでは観客が総立ちになって踊り狂うのだ。音楽で人を楽しませる作曲家だからこそ、上記に書いたような多くのスターを輩出させる事が出来たのだ。

今の若いアーティスト、あるいはアーティストを目指す人は、ぜひこの「大勢をワクワクさせる」「誰にでも伝わる」という感覚を身につけて欲しい。そのためには本当に多くの人を狂乱させる曲をカバーして多くの事を学ぶべきだろう。長戸さんの居場所を探して元にデモを送りつけたっていいかもしれない。送らなくても、長戸さんの功績を調べて、ビーイングの当時の曲を真剣に練習してみるだけでも、今よりかは遥かに意義のある音楽人生になるはずだ。

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